ゾウの時間、私の時間

主に読書のメモになります。音声入力なので誤字脱字が多そう。

【読書メモ】史上最強の哲学入門 飲茶

飲茶さんの史上最強の哲学入門を再読したのでメモに残そうと思います。この本を最初に読んだのがもう2年前ぐらいかなぁー。哲学に興味が出てきた頃にちょうど読むことができ、スムーズに哲学の世界へと誘われたのでとても感謝している本です。

 

史上最強の哲学入門 (河出文庫)

史上最強の哲学入門 (河出文庫)

 

 

 
  • プロタゴラス。絶対的真理を否定し、価値観なんて人それぞれだよと言う考えを相対主義と言う。神話と言う絶対的な価値観が崩壊した時代において、相対主義を代表する哲学者がプロタゴラスです。当時の古代ギリシアは民主主義国家であり、政治家たちは相手を論破することが大切で、どんな人でも黒を白に、白黒に見せかけることができる相対主義哲学は、とても人気だった。例えばどんなに冷たい水でもさらに冷たい水と比較すれば暖かい水ということができる。相対化を行えばどんな主張にもメスを入れることができるのです。
  • ソクラテス。人それぞれさのような相対主義的な考えは絶対的な真理を探求しない考えである。こうなってしまうと口の上手い雄弁な政治家が強くなってしまい、つまり煽動政治家だけが国を動かすようになってしまう。プロタゴラスから相対主義の哲学を学んだ政治家たちは、見せかけだけの言葉をうまく操る、民衆から人気を得て、政治家になっていたのだ。この分修正時に陥ったギリシャに手強く出す男がソクラテスソクラテスは絶対的な真理を追い求める暑い人だった。だからソフィストと呼ばれる口だけの政治家にどんどん喧嘩を売っていた。ソクラテスの有名な言葉に無知の知があり、これは私は心理について何も知りませんと自らの無知をさらけ出し、だから一緒に真理について考えていこうと言うものである。ソクラテスによって恥をかかされた政治家たちは、ソクラテスを裁判にかけそして死刑を宣告されてしまった。ソクラテスの弟子のプラトンたちの計らいによってソクラテスは逃げることができたがソクラテスは逃げずに自ら毒杯を手に取りそれを飲み干し死んだ。命を賭けるに値する真理を追求するための男の生涯であった。この生き方は若者たちにとても影響を与えたのだった。
  • プラトンプラトンイデア論が有名だ。イデア論とは世界を理想の世界と現実の世界の2つに分けた考える。例えば僕たちは何か美しいものを見たとき美しいと感じる。これは教えられてもないのに感じる感覚だ。つまり美しいと言うイデアと呼ばれる本質があり、そのイデアの不完全なコピーが現実の世界にあるということだ。プラトンにとって哲学者とは究極の理想、つまりイデアを知ることを追求する人間のことだ。イデアを知ることができる優秀な哲学者が国王になるべきと言う鉄人思想をプラトンは持っていた。プラトンソクラテスの弟子だった。ソクラテスは民主主義の1つの結果として死刑を宣告された。賢い民衆、賢い政治家が民主主義で良い国を作ることもできるが、バカな民衆、バカな政治家が集まればすばらしい人間、ソクラテスのような人を殺してしまうのだ。このような経験もあり、アイディアを知る人間こそが国王になるべきだとプラトンは考えたのだ。プラトンは国家の未来のために才能ある若者たちを集め、哲人王を育成するためにアカデメイアを作った。これが後の大学の起源となる教育機関である。
  • アリストテレスプラトンが創設したアカデメイアの生徒の1人がアリストテレスであり、プラトンの学校で最も優秀な生徒であった。しかしプラトンの思想に、意を唱えた。簡単に言ってしまうとイデアなんてどうやって知ることができるの?結局のところイデアは現実の世界ではないんだから知ることはできない。だからアリストテレスは現実なるものを観察して定義した方がよっぽど役に立つものと考えた。そのような観察をあらゆるもので行い、抽出した特徴を体系的に分類し整理し世界を把握しようとする学問を作った。それ故アリストテレスは万学の祖と呼ばれている。アリストテレスイデアのような理想論を掲げるのではなく、現実に寄り添った国家の体制を作るべきだと考えた。アリストテレスは3つの政治体制を考えている。
    1. 君主制
    2. 貴族制
    3. 民主制
  • 君主制独裁制に陥りやすく、生属性は貴族の権力争いに発展しやすく、民主制は民衆が愚かだとだめな政治になる。そのような危険性をアリストテレスは遠の昔に考えていたのだ。
 
中世の哲学へ
アリストテレスの時代以降、哲学の進歩は止まり、宗教、つまりキリスト教が支配する中世の時代へと突入した。人間は理性だけでは真理には到達できない。だから神への信仰が必要なのだ、と言うふうに思想が進んでいた。しかしルネサンス宗教改革がおこり、信仰重視の時代から、理性重視の時代が戻ってきた。
 
  • デカルト。哲学者がそれぞれ自分勝手な意見を主張しあっているのが嫌だったデカルトは哲学も数学と同様に、誰もが正しいと認めざるを得ない確実なことをまず第一原理と設定し、そこから哲学体系を作り出していくべきだと考えた。デカルトはその第一原理を考えまくった。第一原理は誰もが疑うことのできないものでなければならない、いったいそれは何だろうか。デカルトは様々な物を疑いまくったが、疑えないものなどないように思えた。しかし、疑っている私がいると言う事だけは疑いないのではないだろうかということに気づいた。なぜならたとえ疑っている私の存在を疑ったとしても、やっぱり疑っている私が存在するからだ。こうしてできた第一原理がデカルトの有名な言葉、われ思うゆえにわれあり。デカルトは哲学の基礎となる絶対に疑いない真理を導き出した。
  • ヒューム。デカルトは第一原理までは素晴らしかったが、それ以降はおかしくなってしまった。例えば私の存在は確実なのだから、私が明晰に理解したり認識するものも確実に存在する。と、変な方向に行っちゃったので、デカルトの批判から生まれた哲学体系の1つにイギリス経験論がある。これは人間の中に浮かぶ知識や観念はすべて経験から来たものに過ぎないと言う考えの事だ。イギリス経験論完成させた男がヒュームである。デカルトの言う我ありの、我、とは結局のところ経験と言う知覚体験の集合体に過ぎないのだとヒュームは主張した。ヒュームは現実には存在しない観念のことを、過去の経験の組み合わせからできた複合概念と呼んだ。人間の想像力はこの複合概念によってペガサスとか神様とかを作り出すと考えたのである。ヒュームは科学現象も経験上の産物にすぎないと主張した。例えば炎が熱いと言うのはそういう経験があったからであって炎と熱いことにはホントは何の因果関係もないかもしれない。炎の近くにたまたま熱さを引き起こす物質が近くにあるだけかもしれないからだ。科学と言う学問はその経験上の思い込みを絶対化しているだけに過ぎないのである。
  • カント。ヒュームの懐疑を真っ向から受け止めそれを乗り越える心理を見つけ出したのがドイツの哲学者カントである。平の主張とは、すべての知識や概念は、人間が経験から作り出したものに過ぎないと言うことであった。でも人間というのは同じ経験をしている人なんてほとんどいない。でも学問を共通して理解できる。これは何でだろうか?そこでカントは考えた事は、確かに人間は経験から知識を得ている。だけどその経験の受け取り方には人間としての特有の形式があり、それは経験によらない先天的なものがあるということである。カントは人間は何かを見るときには必ず空間的と時間的にそれを見ているという経験の仕方について、人間共通の形式があることを見出した。例えば何かを見ると言う経験をするときに、どこどこの空間のどこどこの時間にあるものを見ているはずである。空間にないものや、時間にないもの人は経験することができない。ヒュームの言い分では、人間は経験に基づいて概念を作っているので、人の経験がバラバラである以上、人間間で共有できる絶対的な真理なんてものはないと言うものだった。しかしカントは、経験の受け取り方には人類共通の形式があるので、その共通の形式の中では人類として普遍的な真理を見出すこ、とが可能であると考えた。しかし普遍的な真理とは人間の中での真理であり、世界の真理と言うわけではない。鳥には鳥の、犬には犬の普遍的真理があり、決してホントウノモノ自体の真理にはたどり着けない。だから、真理とは人間によって規定されるものであるとカントは考えた。それまでの哲学者は、心理とは生物間に限らず全てのもので普遍的な真理があると考えていた。つまり人知を超えた真理と言うものは見つけることができないんだ。
  • ヘーゲル。近代哲学を完成させたと言われる大哲学者ヘーゲルヘーゲルは真理とは弁証法と言う手法により少しずつ形作られていくものだと主張した。物事が対立してそれらが互いに高みを目指していくことによって、どんどんと問題を解決していき最後には究極の真理に到達すると言うことだ。
  • キルケゴールヘーゲルの哲学に反論を提示する哲学者がキルケゴールだ。キルケゴールヘーゲルの哲学を、今ここに生きている私という個人を無視した人間味のない哲学であると言った。ヘーゲルの言う弁証法で心理が見つかったとしても、何年後になるか誰が見つけるのか、どんな真理を見つけるのかということがわからないからだ。
  • サルトルサルトルヘーゲルキルケゴールの対立と言う問題についてこう提言した。だったらいっそ究極の真理を求める歴史の進展を、僕たち自身の手で進めてみようじゃないか。そのために人生を賭けてみようじゃないかと。ヘーゲルの哲学を他人事のように捉えないで自分から積極的に参加して人間個人として今を生きる意味を見出したらどうかと言う話だ。サルトルの有名な言葉に人間は自由の刑に処せられていると言うものがある。自由と聞けばなんだか幸せなような気がするが、それぞれが言うにはそうでは無い。何故かと言うと、人は自ら決断することができるからだ。その決断は自由であるが、その決断を下すのであればどんな責任が来ようとも自分が引き受けなければならない。その決断が正しくても正しくなくても。でもサルトルはここで力強い言葉を発する。むしろ、だからこそ、人間は歴史に参加するべきであると主張する。どうせ人は自由の刑に処せられているのだから、どうせなら人類を理想の社会、心理に向かって進展させる歴史と言う大舞台に立ってみたらどうか、というのがサルトルの提案です。
  • レヴィストロース。サルトルの考えに批判をしたのが構造主義の祖と言われるレヴィストロースだ。サルトルというか今までの哲学者の考えでは、人類が目指すべき歴史があると言う発想だが、レヴィストロースは本当に人類が目指すべき歴史なんていうものはあるのかということだ。レヴィストロースは人類学の研究者であり、多くの民族が、未開人を見てきた。西洋の考えでは未開人はまだまだ未熟な、歴史の進化の途中の人間だと捉えていたが、レヴィストロースは多くの民族と触れ合うことで、未開人は西洋人とは違った形態で文化を発展させてきた人類なのだと強く確信するようになった。だから真理を目指して進んでいくと言う西洋人の哲学者は、ただの傲慢な思い込みなのではないかと疑うようになった。
 
 
歴史が弁証法によってより高い次元に成長していき、真理を目指して発展していくという考え。しかし歴史を見れば、世界対戦などを繰り返してたくさんの人が死んでいった。理性や論理なんて意味ないじゃんということを歴史が証明したかのようだった。こうして、歴史は理想の未来へと向かって進んでいるんだと言う近代哲学の説得力がなくなり、そこから現代哲学と呼ばれるものが始まった。現代思想の1つに実用主義と言うものが現れる。簡単に言うと心理かどうかはどうでもよくて、実際の生活に役立つかどうかだけを考えようと言うものである。
 
  • デューイ。この実用主義の代表的な哲学者であるデューイは自らの思想をわかりやすく道具主義と呼んだ。人間の思考とは生きるための道具に過ぎないと言う考えだ。この考えは、全てを道具として何の役に立っているかと言う考え。例えば人を殺したらなぜ悪いのと言う議論はデューイにそれは問題の設定が悪いと言うことで、人を殺したら悪いと言う決め事は何の役に立つの?と道具主義的な問いに変換すると答えを出すことが簡単になると言う。もし人を殺したら悪いと言う決め事がなければ、いつ誰かに殺されるか不安になるだろう。だから人を殺してはいけないと設定し、それが社会の役に立っているんだからすばらしい道具であると、みなすことができる。
  • デリダデリダポスト構造主義呼ばれる現代哲学の旗手である。デリダは西洋文明を今生中心主義であるデリダは西洋文明を音声中心主義であるとして批判した。音声中心主義とは簡単に言えば、話し手を大事にする文化の事だ。そもそも本に書いてある内容を読んでみても、その作者が本当にいいたかったことを理解することはできない。その作者が生きているのであれば尋ねることもできるが、死んでいるのならば誰にもわからない。だから話し手を重視するのではなくて、読み手の解釈を大事にしましょうと言うことをデリダは提案する。
 
☆☆☆
 
 
 

【読書メモ】アドラー心理学実践入門 岸見一郎

岸見一郎さんのアドラー心理学実践入門を読んだのでメモに残したいと思います。
  • アドラーは人間の悩みの全ては対人関係の悩みであると言っている。対人関係の悩みから脱却することができれば、幸福に近づくことができる。
  • アドラーは当時政治改革によって世界を変えていくことを目指しましたが、政治の現実を目の当たりにして政治ではなく、育児と教育によって個人の、人類の救済は可能だと考えました。
  • 怒りに駆られて大声を出すのではなく、大声を出すために起こるのです。不安なので外に出られないのではなく、外に出ないために不安と言う感情を作り出すとアドラーは考えます。目的があって、その目的を達成する手段を考えだす。怒りと言う感情があって怒るのではなく、誰かを自分の言うことを聞かせようとして怒りを使う。
  • 原因論ではなく目的論的に考えてことが大切。何かがあって何かをするのではなく、目的があって何かをする。すべての事は自分で決めている。
  • 今の自分が不幸なのは、過去に原因があるのではない。過去にある原因を変えることができないけど未来にある目的は変えることができる。
  • 人生が複雑なのではなく、私が人生を複雑にしている。そのために幸福に生きることをこんなにしている。人生についての意味付けを変えれば、世界は信じがたいほどシンプルになる。
  • 意味付けというのは人生や世界あるいは自分をどう見るかと言うこと。人は同じ経験をしても、その経験に全く同じ意味付けをする事は無い。
  • 世界や自分についての意味付けが変われば、世界との関わり方、行動までもが変わらざるを得ない。
  • 大切な事は何が与えられているかではなく、与えられているものをどう使うかであるとアドラーは言います。
  • 属性付与を受け入れる必要は無い。例えばあなたはいい子ねと親が子供に言う時、その言葉はあなたはいい子でありなさいと言う意味が含まれており、それが子供の性質を決めてしまうことがあるが、これには従わなくて良い。親が悲しむかもしれないけど、その感情は親が自分でなんとかしなければならない感情である。
  • 親であれ社会であれ、人がおしつけてくるイメージに自分は合わせる必要はないという勇気が必要で、そうすることで自由になることができる。また他人の目を気にして自分を実際以上に大きく見せる事は無い。ありのままの自分を見せると言う決心が勇気を作る。
  •  人からの評価に左右されないことは幸福になるために必要だけど、自分がどんな風であり、どう行動するかは他人との関係できまる。
  • 自分を好きになるためには、誰かの役に立っていると思えることが大切。自己犠牲や、自分のことを後回しにするという意味で、とかの人のために働くことが自分にとっての喜びになる。
  • 他人のために行動できないのは、これだけやってあげたのに、という見返りの気持ちが強すぎるから。これが邪魔して人のために何かをすることができなくて、結果として自分が役に立っているという認識が得られず、自分を好きになれない。
  • 自分がしたいことをすることが人の役に立つことになるのがいい。自分がしたいことでも、それによって人から認めてもらおうという気持ちがあればそれは自己満足。
  • アドラーは他の人を仲間であると考えた。仲間であるから共同体感覚を持て、その人に関心を持ち、さらには貢献しよう、協力しようと思える。
  • 他の人に援助を求めること、それが必要なことであれば恥ずかしいことではない。問題は、自分でしなければならず、かつ、できることまで他の人に依存して自分ではしないこと。
  • 仕事の課題、交友の課題、愛の課題、まとめて人生の課題という。
  • アドラーがいう劣等感コンプレックスは、劣等感とは違う。劣等感は自分が劣っているかのように感じることだけど、劣等感コンプレックスは〇〇だから〇〇できないという論理を日常生活の中で多用する。何かを始めようとするたびに、できない理由を探し、始める前からしないと決めている。
  • 人生の課題を解決するためには他者への関心が発達していなければなりません。なぜなら、この人生の課題は対人関係であり、対人関係に何か解決を要する問題が起こったときに、自分は何もしないけれど、他の人が自分のために何かをしてくれると思っている限り、人生の課題が解決されず、そのため人生はいよいよ困難なものになるからです。
  • 自分の過去の経験によって自分の人生が決定されるのではなく、過去の経験に与える意味によって自らの人生を決定していくのである。
  • この世で人に強制できないことがふたつあります。1つは尊敬でもう一つは愛です。私を尊敬しなさい、私を愛しなさいと人に知ることができないのは明らかですが、そうすることが可能だと思っている人もいます。自分で何かをしなければ尊敬されることも愛されることもありません。
  • アドラーはあらゆる関係は対等でなければならないと考えました。大人と子供も対等です。大人と子供が同じだといっているわけではありません。同じではないけれども対等であると考えるのです。
  • 人の課題に踏み込まないと言うことの幸福に生きるために忘れてはいけないことです。対人関係のトラブルはいわば、土足で人の課題に踏み込んだり組み込まれたりするときにおこります。援助を依頼されなければ何もしないことが最善です。もしもどうしても協力したいと思うのであれば、何か私にできることがありますかと言うふうに尋ね、何も言わなければ静観するのが賢明です。
  • 人に嫌われることを恐れて、他者の考えに合わせてしまう人は、自分が正しいと信じたことを主張するという責任を取っていないといえます。他人の評価を気にかけず、人に嫌われることを恐れないことこそ、自由に生きると言うことです。見方を変えれば自分のことを嫌う人がいると言う事は、自分が自由に生きているということの証であり、自由に生きるために支払わなければならない代償だということができます。
 

【読書メモ】植物はなぜ薬を作るのか 斉藤和季

斉藤和季さんの植物はなぜ薬を作るのかを読んだのでメモに残します。 
植物はなぜ薬を作るのか (文春新書)

植物はなぜ薬を作るのか (文春新書)

 

 

  • 植物の成分は、すべての植物あるいは動物にも共通して存在する一次代謝産物とある植物私にしか存在しない二次代謝産物に分けることができる。二次代謝産物は植物種特異的に存在するので、特異的代謝産物あるいは特異的成分、特化代謝産物などとも呼ばれています。薬などに用いられる植物成分は多くの場合この二次代謝産物。
  • チンパンジーでさえ植物を薬として使っている。普段は口にしない苦味の強い植物の液を飲み、体調を回復させる。その植物の液を調べると、寄生虫の産卵を抑制する作用があることが分かった。
  • 生薬とは天然に由来する素材を精製せずに、複数の成分が混じり合ってままで薬として使う。生薬の例としては甘草、桂皮、大黄、麻黄、人参など。
  • 近代薬学はモルヒネの単離から始まった。1804年にアヘンからモルヒネが単離された。その後生薬から単離する研究が盛んになり、抗マラリア成分であるキニーネの単離をはじめとして、ニコチン、アントロピン、コカイン、エフェドリンなどな薬理活性アルカロイドが単離された。
  • 西洋医学では要素還元主義。東洋医学では全体システム主義で薬に対する考え方が違った。しかし近代になると全体システム主義的な東洋医学は、細部を考慮しないものとして批判された。
  • だけど還元主義的な考えでは生物の機能を説明できなくなってきた。だから、東洋医学と西洋医学を組み合わせるように最適化すべき。今では約90%の医師が漢方薬使用。
  • モルヒネは血圧低下や呼吸抑制のような強い毒性作用もあり、動物がケシを大量に摂取した場合は死に至ります。植物であるケシは身を守るための防御物質がモルヒネ
  • サリシンやサリチル酸は、植物の体内で病原菌等の攻撃を受けたときに、その攻撃を植物の全身に伝えると言う役割を担っている。つまり病原菌が来たぞと全身に伝え防御体制を整える。
  • タバコに含まれているニコチンは、成人ではタバコ2から3本、乳幼児は1本で致死量に達してしまう。植物の体内ではニコチンで昆虫や小動物などの捕食者に対する防御物質として使っている。
  • カフェインも成人で一度に10グラム以上摂取すると危険と言われている。これも昆虫に対する防御策。
  • コーヒー豆は木から地面に落ちて芽生えするときに大量のカフェインを周りの土に放出する。すると他の植物の芽生えが阻害される。
  • ポリフェノールには抗酸化作用があり、健康付きの人にとってはたまらない代物です。ポリフェノールがもつ抗酸化作用は、植物の体内でも同じ機能を果たしていると言われています。またポリフェノールは紫外線を吸収するので、植物をストレスから守ります。
  • 植物は抗がん剤のように、細胞の分裂に必須な微小管形成やDNA複製等を阻害して細胞分裂を止める化合物が含まれている。なぜ植物はそのような化合物を持っておきながら自身は平気なのだろうか。
  • 栄養飢餓状態では、外敵への防御物質を分解して栄養に変える。
  • 液胞内に毒性成分を蓄え、細胞内の核やミトコンドリアとは隔離。
  • 液胞の外で毒性成分を生成しても、すぐに糖を結合して毒性をなくして液胞に取り込む。外敵による攻撃があると、糖を外して毒で対抗。
 
☆☆☆
知らない世界が覗けて面白かったです。
 
 

【読書メモ】料理の四面体 田村豊男

田村豊男さんの料理の四面体を読んだのでメモに残します。
 

 

料理の四面体 (中公文庫)

料理の四面体 (中公文庫)

 

 

  • 料理の原理は簡単だと言っただけであって、料理を作ることが簡単だとは言っていない。
  • 汁に浸す前に肉の表面を強火でさっと焦げ目をつけることで、肉の表面に防護膜ができて、後で汁の中に入れて長いことにてもエキスが完全に放出されてしまうことを防ぐので、肉がパサパサになることを防ぐ。この表面だけに焦げ目をつけることをフランス語でリソレと言う。
  • ビーフステーキは牛肉のグリルのことでローストとグリルは火からの距離の差ということになる。
  • ローストビーフとはせいぜい1キロ位の肉の塊ではなく、とにかく巨大な肉の塊を焼くものである。表面がカリカリに焼けていて中心に向かうに従って肉は赤みを増してウェルダンからミディアム、ミディアムからレアへと次第に生焼けになり、中心部は真っ赤に肉汁をたたえているというのが理想。
  • 火に近づけて焼くのがグリルなのだから、焼きナスもグリル、うなぎの蒲焼や焼き鳥もグリル。
  • グリルよりももう少し火から離す、つまりロースト。さらに火から離すと燻す。燻すことで燻製ができる。そして火を全く使わないただの風干しでひものができる。
  • 実を言うと干物も全く火を使わないわけではない。遠く遠く離れた太陽の火を使っているのである。
  • 油料理に関しては中国人が圧倒的にすごい。油の量によって料理の仕方名前が付いているのだ。
 
 
☆☆☆
あんまりおもしろいと言える本ではなかった。でも、後半にようやく本のタイトルである、料理の四面体、がでてきて、そこはすごく興味深かった。古今東西、どんな料理でも、火水空気油を頂点に取る四面体を作ることで、料理をロジックに分解できるのです。
料理に数学を持ち込むと新しい見え方がするんだなぁと感心しました。
 
 

【読書メモ】世界一の美女になるダイエット エリカ・アンギャル

エリカ・アンギャルさんの世界一の美女になるダイエットを読みました。メモに残したいと思います。(ダイエットバイブルのほうも読んでます。)

 

世界一の美女になるダイエット (幻冬舎文庫)

世界一の美女になるダイエット (幻冬舎文庫)

 

 

 
ちなみにエリカアンギャルさんはミスユニバースジャパンの公式栄養コンサルタントです。
 
  • ダイエットと聞くと日本の女性はただ痩せることをイメージしがちですが、本当のダイエットとは賢く食べること。何を食べて、何を食べないか。
  • 日本は世界で2番目に猫にお金をかける国と言われているけど、化粧品の代金のほとんどはパッケージと広告費。化粧品が使っている成分に本当に効果があるかはレチノール以外にデータはない。それにシワには真皮層のケアが必要だけど、表皮に塗っても真皮層には届かない。
  • 高いお金を払う割にあまり効果の期待できない化粧品よりも、食べ物にお金をかけるべき。
  • 朝は手軽にビタミン補給ができる青汁がオススメ。日本のならベジパワープラスが口にあった。
  • 日本人はフルーツを食べるのが少なすぎる。
  • 残留農薬には気をつける。化学肥料を使わないで作られた有機栽培のものの摂取を心がける。加工品のものでも有機栽培の原料を使用きているものがある。有機JASマークが目印。
  • しかし値段的にも有機栽培の野菜が手に入りにくいのならば、農薬が残留しやすい側の周辺部を厚めに剥いたり、重曹を使ってよく洗うようにしましょう。
  • 害虫に弱い野菜、ブロッコリーや小松菜などは農薬がたくさん散布されていることが多いので、できるだけ有機栽培のもの購入。
  • 美肌に欠かせないのか良質なオイル。アーモンドやアボカド、オリーブオイルと青魚などの脂肪。油をとったらニキビが出るなんて言うのは間違い。
  • 何か甘いもの食べたいと思ったときは、ドライフルーツとカカオ70%以上のダークチョコレート。サツマイモやくりもおすすめ。
  • アイスには砂糖のほかにトランス脂肪酸も含まれているので、冷たいものが欲しくなったときにはジェラートやシャーベットを。
 
減量成功の秘訣10
 
  1. 良質な油を取る
  2. タンパク質を摂る
  3. フルーツと野菜から食べる
  4. 穀類はカットせずに、玄米や全粒小麦粉を
  5. 砂糖などの精製食品はカット
  6. 19時以降は食べない
  7. 塩分は控える
  8. お酒は我慢。
  9. 睡眠はたっぷり
  10. 運動もたっぷり
 
 
以下ダイエットバイブル
 

 

世界一の美女になるダイエットバイブル

世界一の美女になるダイエットバイブル

 

 

 
  • 植物油脂と書かれていると体に良い印象受けますが、実はトランス脂肪酸を含んでいることも多い。欧米諸国では原材料に表示義務付けられているほど危険な油ですか、日本では表示されていません。
  • 油の選び方は、そのオイル名しか記載されてないものを選ぶ。乳化剤やカタカナの表記があれば精製油の可能性が大。
  • 女性らしくあるために必要なものが女性ホルモン。ですが一生で作られる女性ホルモンの量はスプーン一杯。
 
ダイエットバイブルでは具体的に食事の写真が盛り込まれていました。

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美味しそうなので今度作ってみよ!
ヘルシーなデザートの料理法もたくさん書いてあるので、女性必見かもです(=゚ω゚)ノ
 
 
 
☆☆☆
生ものを食べて、酵素を取り入れましょう!って書いてあったんだけど、酵素もタンパク質だから胃酸で消化されるんだけどなぁ。栄養コンサルタントって、こんなことも知らないのかなぁと少し残念に思えた本でした。
他の内容は良かったけどね(`・ω・´)”
 

【読書メモ】自分を操る超集中力 メンタリストDaiGo

メンタリストDaiGoさんの自分を操る超集中力を読んだのでメモに残したいと思います。
 

 

自分を操る超集中力

自分を操る超集中力

 

 

  • 集中力を発揮するとき人は脳の前頭葉を使いますが、習慣化することで同じ作業を小脳が代わりにやってくれる。すると前頭葉を他のことに使えるようになる。
  • 人間は進化の過程で前頭葉を大きくしてきた。前頭葉は思考や感情をコントロールすることができ、この力はウィルパワーと呼ばれています。ウィルパワーは集中力を使うたびに少しずつ消耗していく。
  • ウィルパワーを鍛えるには2つの方法がある。1つはウィルパワーの総量を増やす方法。もう一つがウィルパワーの消費量を習慣化することによって節約していく方法。
  • ウィルパワーの総量を鍛える方法は、無意識の行動を意識すること。例えば姿勢を正すとか。
  • 前頭葉は何かをやる、何かをやらない、何かを望むと言う選択や決断をするためにウィルパワーを使う。だからできるだけ意思決定をしないように、習慣化をつけることが集中力を鍛えるための方法。
  • そもそも人間は長時間集中できるようになっていない。なぜなら長いこと何かに集中することは、外敵から襲われる可能性が高いからです。だから集中力はそもそも長時間続くものでは無いということを認識しておくこと。集中力があるように見える人ほどうまく休憩を挟み、短時間の集中を繰り返している。
  • 集中力が長く続かないと言う性質を逆手にとって、あらかじめ時間を短く区切って、もうちょっとやりたかったなと言う所で仕事や勉強を止める。そうすることでウィルパワーを使いすぎないし、仕事や勉強が途中で終わることで、あの続きをしたいとモチベーションを保つことができる。
  • ウィルパワーを消耗させないためにも、机の上はノートを広げておく。何故かと言うとノートを開くと言う決断だけでもウィルパワー消費されてしまうから。
  • 脳が感じる疲労感と言うものは単なる思い込みで、やる気やモチベーションが下がったと言う主観的なもの。
  • 集中力を促すために机周りや作業スペースを片付けておく。またスマホのマナーモードも忘れずに。さらにスマホが机の上にあるだけで集中力が落ちると言うこともわかっているので、遠くにおくのも効果的。
  • スマホやパソコンの画面が発するブルーライトは、寝る前に浴びると睡眠の質が落ちるのですが、昼間に浴びると集中力、分析力、思考力がアップすることがわかりました。
  • ウィルパワーの源である脳の前頭葉前皮質を形成しているのは灰白質と呼ばれる領域で、石を鍛えるために瞑想が注目されている。
  • ウィルパワーを回復させるためには十分な睡眠が必要。アップルのCEOのティム・クックは毎日7時間必ず寝ている。
  • 90分で取り組むタスクは1つに絞り、それ以外は捨てる勇気を持つ。
 
☆☆☆ 
さくっと読める内容でした。だいたい知ってた内容だっけど、こういう風に言語化してるDAIGOさんはやっぱりすごいな。
瞑想、運動、断捨離が、集中力を高める三点セットやね。
 

【読書メモ】悩みどころと逃げどころ ちきりん 梅原大吾

ちきりんさんと梅原大吾さんの共著、悩みどころと逃げどころを再読しました。メモに残そうと思います。
 

 

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 

  • なぜ梅原大吾は頭がいいのか?外資系でバリバリ働いていたちきりんさん。高学歴の人間に囲まれていましたが、そんな彼らより高卒の梅原さんはずば抜けて考える力があると考えています。梅原さんは高校時代ではずっと寝ていたというのに!だったら学校なんて行く意味あるの?という、問題提起からこの本は始まります。
  • ちきりんさん的には学校に行く意味がないと思っていて、梅原さん的には学校に行く意味があると考えています。
  • いい大学入っていい会社に入るという構図は成り立たないのに、未だに学校はそれを押し付けている。ちきりんさん的には、そんなところに貴重な人生を捧げる意味はないと考えています。僕もそう思います。
  • 梅原さんは勉強しておけと。プロゲーマーにたまたまなれたから良かったけど、なれなかったら勉強しておけば良かったと思うはず。それに学歴は重要で、学歴がないことで苦しんでいる人はたくさんいると。
  • 能力とか取り柄がない人は、とりあえず学校でもいっておけ、厳しいですがこれが梅原さんの言いたいことであり、それが現実だよね。
  • ちきりんさん的には、不利な人が学校に行くことでより不利になると。というのも、とりあえず大学は出ておけってくらいの家庭環境だと、経済状態が苦しくても学校にいき、そのために借金を背負います。しかし大学では生きるための力を教えてくれるわけでもない。
  • 学校の教育でよくないところは、なんで?を追求しないところ。だから質問力が鍛えられない。いい質問をするということはすでに半分正解に近づいている。
  • 学校は思考力をつけるためだけじゃなく社会性を養うとことでもある。そういう意味では日本の教育は質が高い。例えばトイレが綺麗と梅原さんはいってましたが、ここには疑問が。トイレが綺麗とかは学校じゃなくて、家庭で学ぶから学校関係なくない?と思ってたら、後でちきりんさんもそう言ってました。
  • 学校は平等を好む。でも現実社会は競争がある。だから大前提として戦いがあるってことを教えなくてはならない。それと、勉強ができるだけじゃなくて、複数の物差しを用意する。
  • 芝居だと目の前のお客さんが寝たら脚本家や役者のせいになるけど、学校だと生徒が悪いってなる。
  • 数学に強いと言う事は論理的だから裏を返せば論理的でないものは重視しなくなる。数学ができるようになると言う事は良い面もあるし悪いこともあったりする。こういうことも学校の先生は教えておくべき。
  • 選ばせる力を身に付けさせるためにも中学生以降は選択制の授業にするべき。それで勉強してみて違うなと思えば後で変えることが出来るような仕組みにする。例えば学期ごとに選ぶみたいな。
  • 偏差値が高いなどの、学校的価値観が刷り込まれてしまうと、マーケットは何を評価しているのか、自分で気づく能力が失われていく。マーケット感覚がなくなっていくと、市場で求められている者が分からなくなる。勉強はできるけど仕事では使えない、そんな人材になってしまう。でも僕はマーケット感覚が強すぎるってのもどうかと思う。なんでかと言うと市場の感覚に合わせすぎて、テレビ番組ってすごくつまらないものになってるよね。特にお昼の時間帯の主婦向けの番組とか。マーケットに合わせすぎる、つまり大衆に合わせすぎる、大衆ってのはほとんどがバカなので、バカ向けに何かを提供することになる。これっていいの?
  • 大事なのはまっすぐに戦うこと。それで勝てればもちろん素晴らしいけど、負けてもいいんです。戦い方において自分に恥じることがなければ、負けても堂々としてればいい。たとえ負けても、その戦いによって、自分がどれだけのものとして生まれてきたのか、自分の立ち位置や、自分のやってきたことの価値が分かるんですから。 いい言葉。
  • 少なくとも僕は誠実な敗者には誠実に対応します。だけどプロセスを大事にせずにずるをしていると、負けた時に誰も味方になってくれない。総スカンになっちゃうんです。
  • 多くの人はある種の、良い人生の型、みたいなものに照らし合わせながら自分が幸せかどうかを判断している。学校教育がそういうパターン化された良い人生を手に入れるために何をすべきかを教えてくれるからかもしれない。
  • 老後を基準にして今の人生を判断していく。だから今頑張っておかないと老後が大変だぞと数十年先のことを基準にしている。なんでそんな先のことを基準にして、今の人生を犠牲にするの?
  • 家族のためとか親の為と言う言葉を繰り返していると、思考停止に陥いる。
  • 自分と向き合うのを避けているとどこかでツケが回ってくる。
  • 一旦思考停止を選んでしまったらもう一生思考は再稼働させない。いい年だからと言う呪文で全てを片付けてしまう。
  • 梅原さんにとってはあがくと言うプロセス自体が良い人生に必須のものだったけど、あがくなんて時間の無駄と言う考え方もある。最初から先生の言う通りにやって、いい学校に入っていい会社に入って良い人生になるんだからあがく必要なんかない。学校ってそういう刷り込みをする。
 
 
☆☆☆
非常に面白い本でした。僕たちは小さい頃から自分が進むべき道を見つけれる人生は幸せだと思っているかもしれませんが、梅原さんの話を聞くとその気持ちがちょっと変わるかもしれません。だけど自分が進みたい道を自分で選択し、それに向かって努力をすることが楽しい人生になるとだと思います。その道に向かっている中でいろいろなことがあって、他の道に進んだっていい、むしろいろんな道に進んでぶつかってようやく、自分の強みを、いかせるところが見つかるんだと思う。
 
学校的な価値観に縛られすぎると、良い大学に入って良い会社に入る、それが素晴らしい人生だと思い込んでしまい、そのレールから抜け出せなくなる。
高度経済成長の時代はそれで良かったかもしれないけど、今は違うよね。価値観に縛られることなく思考を停止させることなく自分の道を自分で選ぶべきなんだろう。